アーミッシュとして生きるか止めるか葛藤する若者の物語
アーミッシュに会える観光地
アーミッシュはアメリカに住んでいますが、最も有名なアーミッシュ入植地はペンシルヴァニア州のランカスター郡です。
ここは、「刑事ジョン・ブック 目撃者」という映画でアーミッシュの生活が克明に描かれてから、たくさんの観光客が訪れるようになりました。
この映画はまさにこのランカスターで撮影されており、映画の風景の通りたくさんのアーミッシュが生活しているからです。
道路を車で走ればアーミッシュのバギーを何台も追い越すことになるし、道路沿いには裸足で歩くアーミッシュの親子の姿も。
アーミッシュの生活を一目みたいと全米から観光客が訪れるここランカスターに、私も1週間滞在しました。
二つの世界に生きることはできない
ここではアーミッシュ関連のアトラクション施設がたくさんあり、買い物や食事、アーミッシュバギー乗車などさまざまな体験ができます。
私も一週間で色々なところを見て回りましたが、今日はThe Amish Experienceというアーミッシュの文化紹介施設で上映していた「ジェイコブの選択」という作品について紹介したいです。
この作品、アーミッシュになるかならないかで悩む若者が主人公なのですが、なかなか衝撃的なストーリーで色々な意味で考えさせれました。
題名は「Jacob’s Choice」(ジェイコブの選択)
タイトル下にこう書いてあります。
「You can’t live in both worlds」(二つの世界に生きることはできない)
二つの世界というのは、アーミッシュとして生きる道と、アーミッシュ以外の自分として生きる道ですね。
ポスターに描かれている男性は、左がアーミッシュとしてのジェイコブで、右がアーミッシュではないジェイコブを表しています。
アーミッシュにとって洗礼を受けるか受けないかは人生の重大な決断。
そして、アーミッシュに興味を持つ観光客達の最大の疑問も「なぜアーミッシュはアーミッシュとして生きる道を選ぶのだろうか?」というものなのでしょう。
こういうアーミッシュの若者の選択と決断をテーマにした小説や作品はよく見かけます。
ちなみにこの映像作品は12.5ドル。上映時間は40分ほどでした。
「ジェイコブの選択」あらすじ
ジェイコブがアーミッシュの洗礼を受けるか受けないかで悩み、それに対して親や兄弟、恋人がやきもきする、というのが大まかなストーリー。
ジェイコブには唯一の相談役であるおじいちゃんがいますが、彼がバギーと車の衝突事故で急に亡くなってしまいます。
お葬式の後、ジェイコブは恋人とも別れてアーミッシュのコミュニティを離れます。
ジェイコブの兄弟は涙。両親も悲しみます。
アーミッシュコミュニティを離れたジェイコブだけど、亡くなったおじいちゃんの言葉が脳内から離れません。
人生で大事なものは何なのか。自分をどんな人生を送りたいのかを自問するようになります。
ラストシーンはおじいちゃんのお墓参りをするジェイコブの姿が映し出されます。
ジェイコブの横には一度は別れたはずのアーミッシュの恋人。そして小さい子どももいます。
ジェイコブはアーミッシュになるという選択をして洗礼を受け家庭を持った、ということのようです。
お葬式、結婚式などの家族イベントが多い
アーミッシュの生活を紹介する施設の上映作品なので、ほのぼのとした教育作品だと思いきや、おじいちゃんがバギーで事故に遭うシーンがかなりリアル。
意外にも「死」という重いテーマが扱われることに少し驚いてしまいました。
だからこそ最後のお墓参りのシーンでは思わず感極まりそうになった……。
私なりに考えたことが一つあります。
アーミッシュは家族が多いので、必然的に家族行事が多いです。
誕生日やクリスマスなど定期的なイベントだけでなく、結婚式やお葬式など特別なものも含めて。
そして、こういう特別な家族のイベントって、自分の人生と家族の絆を考える機会となると思います。
自分の人生を振り返ってみたり、家族っていいな、と思ったり、家族の絆を身に沁みたり、結局は家族が大事なんだ、
と実感するイベントではないですか?
アーミッシュは家族イベントが多いので、こういう感情を抱く機会が必然的に多そうです。
子ども達も若者も、こういう家族のイベントを通してファミリーの絆、大切さを実感していく。
ジェイコブも、おじいちゃんの死という出来事を通して他と家族メンバーと共にアーミッシュとして生きる道を選んだ。
ジェイコブと同じように、約90%の若者がアーミッシュとして生きる道を選びます。
この要因の一つに、家族のイベントを体験する機会が多いから、という理由も入るのではないか。
この作品を見て考え込んでしまいました。
アーミッシュの暮らし、興味深く最後まで読みました。
刑事ジョン・ブックはアメリカの刑事ものなのに銃の登場回数が少なく、発砲は1,2回だけだったのが印象に残ってます。
世間と隔絶した古臭いコミュニティ世界での事を描いていましたが、それがアーミッシュだったんですね。
ウルグアイのムヒカ元大統領の演説は好感が持てました。
お金を使い、モノを買い、消費しない事には経済が回らない世界。
モノを売るためのマーケティングやコンサルタント、アドバタイジングが利益を得る世界。
お金を使いモノを消費し、さらにはもっとお金を使ってモノをアップグレードしていく。
こういう世界はキリがないです。
どこまで年収をあげれば良いのか、どれだけのモノを買い続ければ良いのか、最近自問自答することが多くなりました。
その反面、断捨離や片付け、モノを捨てるコトが流行したりする。
多分、多くの人が少しずつ気が付き始めているのでしょう。
アーミッシュの生活の根底には宗教があります。
日本でも禅宗や修験道の山伏は必要最低限のモノで生活します。
個人での質素・簡素な暮らしは意志が強くないと続かないでしょう。
根底に宗教なり信念なりが無いと、質素・簡素な生活と言うものは立ち行かなくなるのではないかと思いました。
ともあれ、アーミッシュの記事は楽しく、一気に読んでしまいました。
気を長くして、記事が更新されるのをお待ちしております。
Hidenobu Kさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、アーミッシュの暮らしの根底には聖書の思想があり、私達がそのまま生活を倣うことはほとんど無理だと思います。
私自身も信仰心があるわけではないのです。ただ、自分の人生の限られた時間、お金を何に使うべきかなど、彼らの生活を見ていると考えさせれられることが多々あります。これからも彼らの生活を追って、考えていきたいと思います。
記事の更新、今のところ週に一回のペースですが、今後も是非お付き合い頂けると嬉しいです^^