【リアル・アーミッシュ #2】現実のアーミッシュの世界にいよいよ潜入

私が学生の頃に書いたアーミッシュの家庭の滞在レポートを公開しています。

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【リアル・アーミッシュ #1】学生の頃に書いたレポート文を公開します

アーミッシュコミュニティ訪問のカタチ

菅原さんと連絡が取れ、協力してくれるとの返事がきたときは、文字通り有頂天だった。
高校3年生のときに初めてアーミッシュの存在を知り、その価値観に大きなショックを受けた。
そのショックは私のそれまでの人生観を覆すようなものだった。
それ以来、アーミッシュの存在は常に私の中で何かを訴えている、何かを警告している、そういうものだった。
アーミッシュに関する本を読んでいると、「会いたい!」と思う。その思いは強すぎて、度を越していて、いても立ってもいられず、あまりの興奮にたまらず本を閉じざる得なくなる。
とにかく「会いたい!」という情熱は行き所がなく、抑えて抑えて用心しながら研究を進めた。そんなアーミッシュへの情熱がついに実現するときがくるなんて……!夢のようだと喜悦したのだった。

菅原さんはアーミッシュの取材をもう10年以上も続けており、アーミッシュ関連の著作も3冊出しているその道のベテランだ。
アーミッシュの自然体を、自然な眼差しで観察し、その著作には生き生きとしたアーミッシュの姿が窺えるのだ。
私の思いと計画を伝えると、菅原さんの知り合いのアーミッシュを紹介して頂けるとの返事があり、さらにちょうど菅原さんも訪問を計画していたそうで、私も同行させて頂けることになった。
訪問先はオハイオ州シュガークリークに住むアーミッシュの家族。この地は全米、つまり世界で最大のアーミッシュコミュニティの一画だ。
氷点下が当たり前の季節、2月11日から23日の日程で航空券を手配した。
交通手段は菅原さんの運転するレンタカーで、宿泊場所はアーミッシュ家庭にほど近いB&B(Bed and Breakfastという民宿のような宿)、これはアーミッシュと兄弟関係とも言えるメノナイトの家族が運営する宿であり、ここに泊まることも私にとって意味の大きい喜ぶべきことだった。菅原さんの多大なる協力と心遣いで、私の計画は恵まれた環境でのスタートを切った。感謝してもし尽くせない。

いざ、アーミッシュの家庭へ潜入!

初めてアーミッシュと間近で対峙したときのこみ上げる思いは忘れられない。彼女の名前はNeva(ネバ)。気高い、という言葉が彼女にはぴったりだと瞬時に思った。7人の子どもの母親である彼女は、落ち着いていて、ユーモアがあり、邪気のない自信に満ちていて、その物腰や言動には、静かで確かな賢さが漂っている。本当に無地でシンプルなワンピースを着ていて、本当に髪の毛を束ねてボンネットにまとめていて、本当にてきぱきと家事をこなしていた。
これらはアーミッシュとして当たり前のことばかりなのだけど、私はどれだけこの「当たり前」を見たくて奔走したかと思うと、やはり感動した。
長時間のフライトと時差ボケの混乱など忘れて、初めて見るアーミッシュ、バギー、彼らの家、農場など、目に入ってくるすべてのものにワクワクした。
アーミッシュと同じ空気を吸ってると実感するだけで夢見心地になってしまうような……それほど熱望していた状況が今、実現している。
いけないいけない。地に足をつけて観察・行動しなくては、と襟を正しながらその日はベッドに入った。

アーミッシュとメノナイトのチャーチサービス

次の日はチャーチサービスの日だった。私の夜を抜かしてのステイを受けいれてくれたシュラバッハ家は、礼拝に出掛けて行った。
アーミッシュは教会を持たないので、礼拝はその日の担当である家庭で行われる。一つの教区の人数はたいがい子どもも大人も入れて200人前後。とても信仰心の厚いアーミッシュは、全員が礼拝に参加する。
200人もの人数が一つの家庭に集まり、長いときには5時間にもわたる礼拝を行い、その後はみんなで食事を共にする。
チャーチサービスはアーミッシュにとって様々な意味を持っている。もちろん信仰の場でもあるのだが、普段仕事に追われて会えない仲間との情報交換や親交を深める場でもあるし、子どもに長い礼拝に耐える自制心を身に付けさせる教育の場でもある。
隔週の日曜日に行われるこのチャーチサービスはアーミッシュにとってとても重要なイベントなのだ。
私と菅原さんはその神聖な日曜日をどう過ごしたかというと、アーミッシュの兄弟関係にあるメノナイトの礼拝に参加させてもらった。
菅原さんの友達であり、私の泊まる宿の持ち主でもあるフロイド・ミラー氏が彼らの教会に連れていってくれた。
メノナイトとアーミッシュの違いは、簡単に言うと、メノナイトの方がより開放的ということだろうか。実は、アーミッシュ・メノナイトと一口に言っても、その中には様々なタイプのグループがある。
私の知っている限りでも、オールドオーダーアーミッシュ、ニューオーダーアーミッシュ、ビーチィアーミッシュ、スワルツセントルーバー、コンサバティブメノナイト・・・などがあり、それぞれ文化が違う。
厳密に言うと、例えばオールドオーダーアーミッシュでも、住んでいる地域が違うとまたやり方が違うのだ。違いというのは、自転車の使用を許すか否かとか、バギーに反射鏡を付けるか否かとか、文明の利器をどの程度取り入れるかなどだ。
メノナイトは車の所有や電気の使用に規定はなく、より私達の生活に近いグループと言える。といっても彼らはアーミッシュと同じ様な簡素な装いをしているので、教会ではどう見ても、ジーンズにセーターに白いダウンジャケットを着ている私と、同じく日本仕様の服装の菅原さんは浮いていた。

癌を患うアーミッシュ・ベンと会う

チャーチサービスを終え、フロイドの家族とランチを食べた後、菅原さんのアーミッシュの友達宅を何軒か訪問した。そこで感じたのは、アーミッシュカントリーはユートピアではない、ということ。
豊かな緑、農場の道を行き来するバギー、元気に遊ぶ子ども達、絶対非暴力を貫く民……アーミッシュカントリーは一見とても平和で牧歌的だ。観光客がここを訪れる理由の一番は、このピースフルな風景だそうだ。
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人々は助け合い、自自給自足を目指し、物質的な豊かさではなく精神の豊かさを求めて暮らしている。
「アメリカで最も幸福な人々である。」などどテレビ番組でも放送されたことがあるくらいだ。そんなアーミッシュ像が観光客の間では確立されているようだが、アーミッシュの現実は、そんな夢の様なものではない。
もちろん私達から見てため息が出るほど美しい光景や、畏敬の念を抱かざる負えないアーミッシュの精神性というものは確かにある。
でもそれが全てでも絶対でもない。
例えば、菅原さんの友達のベンのお宅に立ち寄ったとき、まず菅原さんは「How are you?」と奥さんに挨拶をした。
奥さんは久しぶりの友人の登場に喜びながらも、すぐに困った表情をしながら、「Not good.」と答えた。聞けば、もともと体が健康でなかった上に高齢のベンに、最近は癌が発見され、毎週病院に通っており、すっかり衰弱しているという。
リビングに通されて対面したが、ベンはソファから立てず、軽い挨拶を交わしただけであった。
以前営んでいたB&Bも病気のため営業できず、アーミッシュは医療保険に入らないため高額の医療費を払い生活しているようだ(代わりに、教区が運営する保険に入っているはずなので、全額負担ではないはずだが)。
だから彼らが不幸だということはできないが、私達の抱えるような問題を彼らも同じように抱えるということは身に染みた。病気や障害などの話題はアーミッシュコミュニティ滞在中よく耳にした。
洗礼前のアーミッシュの若者の麻薬や飲酒問題もある。
アーミッシュはアーミッシュである前にやはり人間である。当然、人間らしい面をそれぞれが持っている。決して、そこは理想郷ではないのだ。

次のレポート:【リアル・アーミッシュ #3】25歳3児の母・アーミッシュお母さんのお手伝い

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